どんなに熱心な読書家の方にも読めない本があります。
膨大なボリュームでも稀覯本でも、この世に存在するものであれば読めないことはありません。しかし、架空の書物についてはどうやっても読むことは不可能です。
架空の書物を好んで扱った小説家にホルヘ・ルイス・ボルヘス(1899~1986)がいます。アルゼンチン出身で、現実とも空想ともつかない不思議な雰囲気の小説や詩・エッセイを遺しました。有名な『伝奇集』(岩波文庫)中の「ハーバート・クエインの作品の検討」は、架空の作家クエインが遺した4つの作品についての評論という形を取っています。もちろん作家が架空なのですから作品も架空のものです。
そのボルヘスは、『砂の本』(集英社文庫)のなかで「人智の思い及ばぬこと」という、アメリカの小説家ハワード・フィリップス・ラヴクラフト(1890~1937)を偲んだ作品を書いています。このラヴクラフト、SFや幻想文学が好きな方はまずご存じでしょうが、彼の創造した架空の魔導書『ネクロノミコン』の名もまた有名です。『ネクロノミコン』を、実際の書籍として作った出版社もあります。
ポーランドのSF作家スタニスワフ・レム(1921~2006)の『虚数』(国書刊行会)は架空の書物に関する序文集、『完全な真空』(同)は架空の書物の書評集です。筒井康隆も同じようなことをやっていますね。音楽家の坂本龍一は『本本堂未刊行図書目録』(朝日出版社)という架空の版元の装丁集を作っています。
絵本もあります。横山犬男・寺田順三の絵本『本の本』(ワールドコム)は、架空の絵本の表紙30冊分が並ぶ楽しい本です。
最近はwebサイト上でも自分だけの架空本を紹介したり、書評を書いたりされている方々もいらっしゃるようです。
私たちは本をつくるとき、その目的を念頭に置き、どれくらいのボリュームにするか、どう内容を構成するか、どのような装丁を行うかを考えます。そこには当然、納期とコストと品質という、ものづくりに必ず付いてまわる制約があります。
そのような制限を取り払い、自由に発想した本を好きなだけつくることができるのは、想像力の中だけなのです。
しかし見方を変えれば、「世の中のどんな本も最初は架空である」ということもいえるかと思います。さまざまな理由で本になれずに消えていったアイディアや試みが無数にありますし、これからもたくさん現れては消えていくことでしょう。そうしたものの積み重ねの上に今私たちが読むことのできる本が存在しているのです。現在みなさんが読んでいる本は、たくさんの想像力が積み重なった、なにやらとても大切なもののように思われます。
このコラムでは、みなさんの想像力をたくさん刺激するような面白い本、楽しい本、不思議な本について書いていきたいと思います。浅学菲才ですがどうぞよろしくお願いします。
※なにやら怪しげな本が並びましたがこれは筆者の偏った趣味によるものです。ご了承ください。