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ラーメン屋さんのトレードマーク

 以前、ラーメン屋さんの看板や暖簾、また、中華どんぶりの縁に見られる渦巻状の模様について、饕餮文(とうてつもん=「饕」は財産を貪る、「餮」は食物を貪るの意)が変形したものだと説明していました。
 でどころは、佐藤敬之輔の『日本のタイポグラフィ』(紀伊国屋書店、1972年)です。そこに、漢字が格子構造になっていく過程と並行して饕餮文が完成していくことを述べるくだりがあり、饕餮の注釈では、
もともと悪霊の邪視-Devil Eye-に対抗するため、羊頭守護神の目を書いたもので、1つの青銅器の各部に17個も数えることがある。〔とうてつ文〕はやがて〔とうてつ〕たることをやめて、単なる〔角ばった渦巻き〕となり、流れ流れて中華料理屋の看板の額縁などになってくる
とあったからです。
 ところが、2018年7月1日付け日経新聞に掲載された阿辻哲次の「遊遊漢字学-ギャルに目くらむ「雷」-)では、
―大地を激しく振動させ、轟音とともに天地をまっぷたつに鋭く裂き、あたり一面を瞬間的に真昼のように輝かせる稲光のイメージを、昔の中国人はぐるぐる回転する形で表現した。身近なところではラーメン鉢の上にある「雷紋」がそれなのだが、そのイメージが文字にも表現されており、「雷」の下半分に《田》という形で使われているのが、ほかでもなくそれである。これは「たんぼ」を意味する文字ではなく、宇宙の気が回転するさまを描いた形なのである。―
となっています。
 私は永年、饕餮文説を信奉していたのですが、新しい雷説が出てきました。念のためネットで調べてみましたが、雷説しか見当たりません。
 もし、饕餮文説が誤りであれば、過去に説明した人に、訂正とお詫びをしなければなりません。白川静さんはどのように考えていたのでしょうか。

T
| 2018.07.06 | 日常 | comment(0) | trackback(0) |

社内の冷蔵庫とテレビを買い換えました

十数年使っていた冷蔵庫がついに限界を迎えたので買い換えました。
白くてきれい!大きい!水が滴り落ちない!
取っ手部分が黒いので遠目だと開いてるように見えてびびります。
ついでにほとんど使っていなかったブラウン管テレビも液晶型に。
テレビが薄型になった分休憩スペースが広くなりました。
BD再生機も導入しましたが日の目を見る時は来るんでしょうか。
| 2018.06.29 | 日常 | comment(0) | trackback(0) |

久々の登山に備えて

近く立山の大日岳(標高約2,500m)に登るかもしれなくなりました。以前はよく山歩きをしていたのですが、ここ10年ほどは山から遠ざかっており、無事登りきれるか案じております。

心配しているだけでは何も始まらないと考え、先日近くの呉羽山へトレーニングに行ってきました。

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リュックも背負わない身軽な状態とはいえ、登ったり下りたりを1時間余り繰り返しても膝の痛みや太もものひきつりなどが生じなかったので、初回のトレーニングとしては及第点です。

ただ、朝起きぬけに急に思い立って、カップスープ1杯のみで取り組んだため、終わりごろにエネルギー不足に陥り、ふらふらになってしまいました。
トレーニングは今後何度か繰り返す予定なので、次回からはちゃんと腹ごしらえをして臨むつもりです。

編集S
| 2018.06.22 | 趣味 | comment(0) | trackback(0) |

4年ぶりに「稚鮎」復活

今年のGW、友人から「稚鮎」が久しぶりに釣れていると聞きました。日記を調べてみると最後に「稚鮎」を釣ったのが2014年で、それ以降はこの時期に海を見に行っても全く影もありませんでした。
早速GWの最終日に出かけてみると、昔ほどではありませんが、確かに「稚鮎」の群れがキラキラと光って見えました。収穫は2時間ほどで約200匹。

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その日のうちに唐揚げにしてビールのつまみとなりました。
久しぶりの「稚鮎」の唐揚げで飲むビールは最高でした。
テレビで幼稚園の園児たちが県内の川に「稚鮎」を放流しているニュースを見るたびに少し心が痛みます。
編集:TK
| 2018.06.08 | 日常 | comment(0) | trackback(0) |

高校総体が終わって

 長男のサッカー人生の集大成(?)かもしれない高校総体は、ベスト16という結果に終わりました。キャプテンとして迎えた総体は1回戦から登場。「すごく調子がいい」と口にしていたとおり、最初の得点のアシストは長男でした。その後も追加点を奪って試合を優位に進めますが、前半途中で長男は利き足の靱帯を痛めて無念の退場。チームは、その後も加点し1回戦は大勝でした。しかし、長男の足の状態は思いの外悪く、診断は全治二十日間でした。それでも、この大会に賭けてきた長男は、翌日の2回戦は応援団長となってチームを鼓舞し、1週間後の3回戦に出場すべくリハビリに励みました。水曜日に漸く痛みが和らぎ、木曜日に軽いランニングを開始、金曜日にはボールを蹴られるまでになりました。
 翌日の3回戦の相手はシード校。監督・部長からは、「当日の状態を診て、どのような使い方をするかいろいろシミュレーションしています」との報告を受けていたので、出るとしても後半途中からの出場と思っていましたが、長男は先発出場でピッチに立っていました。前半は0-0のスコアレスで勝負の後半を迎えました。しかし、動きが悪いのは監督・コーチの目にも明らかで、途中交代となりました。その後チームはゴール前の反則でPKを与え、一人退場者を出してしまいます。PKは急遽交代して入った同学年のGKがファインセーブで得点を与えず、流れがくるかと思われましたが、シード校相手に一人少ない状況は不利であることに変わりなく、結局その後2点を許して試合は0-2で敗れました。PKを与え退場となったのは、ジュニア時代から一緒にサッカーをしていた選手。なかなか立ち直れないその選手と不完全燃焼の息子を車に載せて帰ることになったのですが、かける言葉が見つかりませんでした。
 今、長男は、足の痛みが出たこともあって、練習を休み、サッカーから少し距離を置いています。体育大会の応援リーダーの練習が忙しいことも理由の一つ。しかし、いつまでサッカーをするのか決断の時は迫っています。どのような決断をするのか、それは本人に任せますが、もしかしたら長男以上に私のほうが虚無感におそわれるかもしれません。受験は確かに心配ではありますが、心のどこかで「選手権までサッカーやるよ」と言ってくれないかなと思っている自分がいます。

編集A
| 2018.06.01 | 日常 | comment(0) | trackback(0) |
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